立科WORKTRIPでは、2022年度に「経営視点で検討するワーケーションPROS&CONS」と題した連続ウェビナーを開催。最終回となったVol.4は「社内制度としてワーケーションを導入する意義は何か」と題して、ワーケーション黎明期に制度導入したJALで推進役を担った東原祥匡氏にゲストトークに登壇いただきました。
今回、東原氏に企業がワーケーションを導入していく意義、そして導入の壁を乗り越える方法について教えてもらいました。
●時代に先んじたワーケーション導入、その背景とは
―JALさんがワーケーションを導入したのはいつごろでしょうか。
導入したのは、2017年のことでした。
当社の制度は、いわゆる「休暇型ワーケーション」に分類され、ざっくり言うと休暇期間中・滞在先にてテレワークでの業務を認める、というものです。
―制度を導入するに至った背景を教えてください。
当社は2010年に事実上の経営破たんを経験しました。再建にあたる中で離職者の発生や長時間労働などが問題となり、長く安心して働くことができる環境づくりは喫緊の課題でした。
また、「JALで働いていてよかった」と思えるような企業でなければ、社員はお客さまに最高のサービスを提供することもできません。
そうした背景から、社をあげて働き方改革に取り組む中、有給休暇取得率の低さが懸念事項のひとつにあがったのです。そこで、休暇取得促進の観点からワーケーションを取り入れてみることにしました。
―休暇取得促進がきっかけだったのですね。
社員にヒアリングをしたところ、「緊急の仕事が入ってしまうのが心配で、旅行の予定を立てにくい」、「帰省先にいる期間を増やしたいので、遠隔地で少し仕事することを認めてもらえたら」という声を耳にしました。
人事部としても、社員が各地域へ向かう機会が増えることは、自己成長にも結びつくと考えました。その地域ならではの体験をすることで、ビジネスへの新たな気付きを得たり貴重な経験値を積むことができたりと、感性を養うことにもつながりますから。
当時、ワーケーションという言葉は登場したばかりでしたが、「遠隔地でのリモートワーク推奨で実現できることは多いはず。だから一度やってみよう」となったのです。
●「実現できる理由」を考えつつ、制度設計を
―ワーケーション導入を検討している担当者がまず行うべきこととは?
やらない理由じゃなくて「やる理由を導き出すこと」ではないでしょうか。
例えば、よく「ワーケーションで本当に生産性が上がるんですか?」という質問をいただくことがあります。
でも、その生産性って例えばですが3日4日のような実施した期間の話なのでしょうか。もっと長い目で見たときに、その人がイキイキと働くようになったら、絶対に仕事のパフォーマンスや会社全体の組織力が上がっていくはずです。特別な経験をした後の、社員一人一人のエンゲージメントにも注目していくべきではと感じます。
「怪我したらどうする?」「通勤費どうする?」「サボっていたらどうする?」「人事評価どうする?」などを課題点として挙げ、実現に向けた解決策を見いだせないといったご質問もよくお受けしますが、これらの内容はワーケーションの課題ではなく、普段の通勤やテレワークでも発生する可能性のある内容です。年に数回のワーケーションを実現するために何ができるのか、とシンプルに考えると自ずとできる理由を導きだせると思います。できない理由で頭を抱えてしまうのはもったいないと思いますね。
―たしかに。課題ばかりに意識が向くと、やらないことが合理的になってしまうんですね。
そうなんですよね。
個人的に、制度導入に向けて整理すべきポイントだと思うのは、「コスト」と「労務管理」の2点だけです。
コスト面は、「社員の能動的なものか」「会社主導なのか」で論点が変わってきます。費用対効果は必ずしもお金で換算されるのではなく、従業員エンゲージメントの変化や長期的な効果など、いろいろな考え方があるので整理が必要です。
労務管理面では、法律との兼ね合いもあるので業務と休暇の時間管理を曖昧にしないことに配慮をしたほうがよいでしょう。
会社の課題はそれぞれですので、社員が求めていることに寄り添えば、おのずとそれぞれの会社にふさわしい答えが出てくるのではないかと思います。
ワーケーションは社員にとっては年に数回のこと。そこまで縛られず、シンプルに考えればいいのです。休暇型であればテレワーク規程で導入できることもあるでしょうし、合宿型であればターゲットを明確にするだけで実現できる企業も多いはずです。
―制度導入後、従業員の背中を押すために何か取り組みはされましたか?
「口コミ」がけっこう大事だと思っていまして。各組織に促して、好事例を作ることをすごく意識しましたね。
最初のころ、制度浸透のためにモデルツアーを開催したのですが、来てもらう方を絞ったり、浸透が遅れている組織の方に来てもらったりと、そこは少し戦略的に取り組みました。
そして、コツコツと実践者の背中を押し、徐々に取得する人数が増え、リピートする社員も出てくる中で、「この制度の重要性は、ただの休暇取得じゃないんだ」と気づき始めた社員が出てきたんです。
そのうち、「地域の方と話すことで新たな視点で物事を見ることができ得るものが多かった」「家族で長めの旅行に行ったら、家族との時間が増えた」などの感想も届き、やっぱりこの制度って必要だねという声が増えてきました。
―とはいえ、制度が浸透していくまでにはご苦労もあったのでは?
たしかに意識改革や風土改革には、やはり少し時間がかかりました。
制度は使われなければ意味がないですし、最初のころは「遊びに行っているだけでは」という声があったのも事実です。
ただ個人的には、この制度を100人中100人全員にやってほしいとは思っていません。中には、ずっとオフィスで働くことが一番のメリハリだという方もいますし、向き不向きもあるでしょう。当初から感性が合う方ができるようにしたいと考えていました。一方で、なかなかワーケーションをしたくてもできない人のために背中を押すような環境づくりは大切だと思います。
●従業員エンゲージメントとワーケーションの関係性
―オフィスではない場所で働くことの意義についてはどうお考えになりますか?
自分を客観視できる時間って、現実世界が周りにある環境だとなかなかつくれないものだと思うんです。
あと、オフィスから離れれば離れるほど、仕事で急に呼び出されても戻れないので、いい意味で諦められるというか(笑)
当社では休暇型ワーケーションの制度を活用して、一人でワーケーションをしたり、家族と旅行に行ったりするケースのほかに、最近では同僚と出かける人も増えてきているんです。
私自身も昨年、部署のメンバーとワーケーションに行きました。旅先では、それぞれが自分の業務をすることがメインで、同僚とアクティビティを共にしたわけでないのですが、同じ景色を見て同じものを感じるだけでも、チームビルディングの効果を実感しました。
コロナ禍になって、社内でのコミュニケーションの量と質を上げていくのが難しいと感じていましたが、その観点からもワーケーションはすごく有用だなと思います。
―他社や大学と連携し、ワーケーションによるエンゲージメントの効果測定をされたそうですね。
サンプル数が少ないので学術的な数値としては見られないのですが、簡単に説明するとずっと東京のオフィスで仕事していたグループと、ある期間ハワイでワーケーションしてもらったグループを比較する実証実験を行いました。
想定どおり、旅先では、ストレス度がやわらいだり上司との関係が良いと回答したりしていますが、特筆すべきは帰ってきたあとも数週間「この会社で働き続けたい」という指数が高いまま維持されたんですね。
つまり、実施した期間だけでなくもう少し長い目で見た場合にも、社員本人のモチベーションやエンゲージメントなど、働く意欲によい影響が出たということです。
―立科WORKTRIPへお越しの企業さんも、みなさん和やかな顔でお帰りになるのをよくお見かけします。
自分の部下が一生懸命楽しく、前向きに働いていて嫌だと思う上司っていないはずです。
ワーケーションをきっかけに意欲が増して、別の仕事を達成できたといった例もあるでしょうし、定性的な数値だけでなく、定量化された数値も考えた方によって捕捉できると思います。
ちなみに、実はいま、私は山梨からこのインタビューにお答えしています。昨日は祝日だったので友人たちとキャンプを楽しみ、今日はそのまま山梨からこのウェビナーに参加して、他の業務も行っている…というかたちです。柔軟な働き方を会社が認めてくれることでこうした旅が実現し、もうちょっと頑張ろうというモチベーションアップにもつながると実感しています。
―最後に、コロナ禍を経て働き方は大きく変わりました。今後は、どのような展望をお持ちですか。
一般論として、今後あらゆる企業は「人が減りながらも、パフォーマンスは上げていかなければいけない」というミッションを避けて通れなくなると思います。採用競争力がより求められる時代に、「こういう働き方をしたい」という選ばれる組織を作って、意欲高く働いてもらうことは非常に重要です。
また、多拠点や移住など、働く場所でさえも自由になりつつある中で、ワーケーションを通じて、移住候補や拠点候補になりそうな地域を見てみるのもおもしろいのではないかな、と思っています。
―ワーケーションや新しい働き方に「興味あるけどやったことない」という方が非常に多く、導入を検討されている段階の方もたくさんいらっしゃることを実感しています。みなさんのお役に立つことができれば幸いです。
東原 祥匡(日本航空株式会社 デジタルイノベーション本部 事業創造戦略部MaaSグループ アシスタントマネジャー)
2007年日本航空株式会社入社。空港業務や客室乗務員の業務を経験した後、2010年より客室乗務員の人事、採用等を担当。2015年末より2年間の社外出向を経て、2017年12月より人財本部にて、規程管理や勤怠といった労務対応、ワークスタイル変革の中でも特にワーケーションの浸透において、制度設計から社内の浸透施策まで企画立案し、さらには、関係人口の増加等に向けた地域活性化の取り組みにも繋げた。観光庁 「新たな旅のスタイル」促進事業アドバイザーや日本ワーケーション協会の公認ワーケーションコンシェルジュも担当し、社内だけでなく日本全体の特に企業内におけるワーケーションの浸透に向けた取り組みにも活動の幅を広げている。2022年4月よりデジタルイノベーション本部にて地域の交通課題の解決に注目したMaaS事業を担当。
過去ウェビナーアーカイブ(You Tube)
https://www.youtube.com/@worktrip833/
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